石川です。
父が永眠いたしました。
1月1日、病院から連絡があり、すぐかけつけましたがすでに…
享年91歳、症状はいろいろ考えられますが老衰といってよいと思います。
昨年、夏ぐらいから入院になり、後半は食事も管で直接でした。
でも最後まで意識はしっかりしてて、母が12月29日に面会に行ったときも「なにか食べたい」と言っていたそうです。
覚悟はしていましたので驚きはありませんが、とうとう…という感じですね。
すでに葬儀は終えました。
母は気丈にふるまっていました、、、が、やはり寂しそうでした。
陽気な父にお似合いな快晴の空に煙となって旅立っていきました。
いつも年明け2日に里帰りしていたのに、今年は元旦に行きました。
これも「虫の知らせ」だったのかもしれません。
昨年父のお見舞いに行ったとき、「絶対今年を超えよう!」と約束したのですが、
亡くなったのは1月1日なので、ちゃんと約束は守ってくれました。
ちなみに父は1月2日生まれなので、あと1日あとなら享年92になりました。
でも当時の誕生日はいい加減だったようで実際は12月末に産まれたと聞いたことあります(笑)
父は昭和1桁生まれ、戦争も経験し、高度成長期にガンガン働いた世代です。
新聞屋さんをやりながら昼間は木工製作所勤務、主にテーブルやソファー、ベッド等を作っていました。
私は3人兄弟の末っ子、なんでもつわりのひどかった母が堕ろそうと病院に行ったときに父が引き止めたとか。
そのことがなければ私は世に産まれていなかったということですね。
私、見た目は多分母親似だと思うけど、中身は父親似だと思います。
父は動物好きで家は動物園か、というくらいいろいろな生き物がいました(笑)
私も今、うさぎやカメや熱帯魚を飼っていますしね。
父が仕事で愚痴を言っているのは聞いたことがないですね、あんなに忙しかったのに。
私も仕事はどんなに忙しくても苦ではありません。
また父は仕事柄なんでも自分で作ってしまう人で、家にはあらゆるお手製製品があります。
そんな私も「ないモノは作る」精神でいろいろ自作してしまいます。
いたずら好きなところも含めて良くも悪くも父親似だと思います。
世間でいうところの「良い父親」や「子煩悩」タイプではありませんでしたが、私には立派な父でした。
働きまくって、頑固で、好き勝手生きた人です。
寝床にある自筆の書はまさしく「ソレ」ですね。
母、3人の兄弟、親戚一同に見送られ父は旅だっていきました。
立派に天寿を全うしたのだと思います。
私も父を見習って最後に同じ言葉を残したいと思います。
ありがとうございました。。。